福島第一発電所事故の影響で自由世界では長い間原子力の建設がほぼ途絶えていた。しかし今世界中で原子力発電へ猛烈な回帰が生じている。1つには、温暖化ガスCO2削減の政策が経済の実態を無視した性急なものであってはならないこと、2つには生成AIの急進展の中核にあるデータセンターの設置には膨大な電力が必要になることを受けて、環境を守りながらこの電力を安定供給できるのは原子力発電以外にないことが認められてきたからであろう。
欧州でも原子力ルネサンスと呼ばれる動きがフランス、英国、その他の国々で数年前から始まっていた。
米国においても同様の動きがあり、法律的な面では2019年にNIEMA法、2024年7月にADVANCE法が施行され、引き続いて2025年5月23日のトランプ大統領令の発出に至った。これらの大統領令はこれからの米国の原子力界の方向性を具体的に決めると考えられるので、革新原子炉の促進と規制関連の具体策に絞ってまとめた。
米国大統領令の発出
原子力に係る大統領令は次の4本が発出されている*1。
- Deploying Advanced Nuclear Reactor Technologies for National Security(革新原子炉技術の開発と国家安全保障の強化)
- Ordering the Reform of the Nuclear Regulatory Commission)(Executive Order 14300(原子力規制委員会の改革に関する命令)
- Reforming Nuclear Reactor Testing at the Department of Energy(エネルギー省における原子炉試験の改革)
- Reinvigorating the Nuclear Industrial Base(原子力産業基盤の再生)
米国の議会の資料(*2)によれば革新炉技術とは次の通りである。
・第Ⅲ世代、第Ⅲ+世代軽水炉
・第Ⅳ世代炉(黒鉛ガス冷却炉、液体金属冷却炉、溶融塩炉、核融合炉)
・小型モジュール炉、マイクロ炉
ただ、ADVANCE法では、核融合炉は革新炉の規制対象から外している。
大統領令の狙いや施策は、大統領令と同日付で発出された対応する4つのファクトシート(大統領令を分かりやすく説明する公式文書)*1をと分かりやすい。
4つの大統領令の目標はファクトシートによれば以下の様に3つ設定されている。
・世界の産業分野、デジタル分野、経済分野における米国の優位性を確保する
・エネルギーの自立を実現
・国家安全保障を確保する
図1に示すようにこの大統領令は4つ合わせて目標を達成する仕組みとなっている。

目標を達成するための施策は大統領令の各条項にあるが、ファクトシートにそれらの要点が示されている。本報告ではそのうち革新炉技術と規制改革について話を進めたい。
大統領令から学ぶこと
4つの米国大統領令は、米国の原子力界が直面しているあらゆる課題について一気に解決を図ろうとしているかに見える。これらの課題は、日本の原子力界が直面している課題でもあり、戦略として参考となる。一連の大統領令で政策の狙いとされていることは9個のポイントとしてまとめることができる*3。
- 原子炉の規制を迅速化する
- 新設の原子力の設備容量を2050年までに300GWを追加する。現在の約100GWから400GWに増量する。
- より迅速な原子炉試験の基礎を築く
- AIデータセンターと軍事基地に米国の原子炉を配備する
- 核燃料サイクルと再処理を開発する
- 米国内での核燃料製造量を増やす
- 米国の原子力従事者を増加させる
- 使用済核燃料と高レベル廃棄物の管理を評価し国家政策の立案する
- 米国の原子力エネルギーの輸出を拡大する
ファクトシートのうち革新炉の推進やNRCの改革に関するものが特徴と考えるので以下の表に示す。
表1 国家安全保障の強化のため革新原子炉技術を導入する(ファクトシートの要点)
| 課題 | 施策 |
| 国家安全保障のための原子炉の導入 人工知能(AI)のコンピューティングインフラや国家安全保障施設への電力供給など、国家安全保障の対象を支援するため先進的な原子力技術を迅速に導入 | •陸軍長官は、国内軍事施設に原子炉を建設し、3 年以内に稼働を開始するための公式プログラムを設立 •エネルギー長官に対し、エネルギー省(DOE)の施設内に設置されている、または同省と調整して運営されている AI データセンターを重要な防衛施設として指定し、それらに電力を供給する原子炉を防衛上重要な電気インフラとして指定 •エネルギー長官は、DOEのサイトを指定し、民間セクターと協力して、AIインフラへ電力供給し、他の国家安全保障対象と整合するよう、30ヶ月以内に先進的な原子力技術を導入 •国防長官は、エネルギー長官、予算管理室長、および各軍省の長官と調整の上、軍事施設における先進的な原子炉の運転に関する立法的・規制上の推奨事項を作成 |
| 民間部門との原子力パートナーシップの支援 連邦施設における民間部門の先進的原子力技術への投資と導入を妨げる政府の障壁を撤廃 | •この命令は、エネルギー長官に対し、DOE施設でAIインフラを動力源とする原子炉を運営する民間部門のプロジェクト向けに、高濃縮低濃縮ウラン(HALEU)を少なくとも20メトリックトンをすぐに利用可能な燃料バンクに放出 •エネルギー長官と国防長官は、連邦のサイトにおける民間資金による核燃料のリサイクル、再処理、製造能力の建設と運営を可能にするため、権限を行使 •大統領令は、エネルギー長官と国防長官に対し、連邦サイトにおける先進的原子炉技術建設に関する国家環境政策法(NEPA)のカテゴリー除外措置の活用を検討 •連邦機関は、原子力エネルギーと燃料サイクル技術の迅速な普及と利用を支援するため、セキュリティクリアランスの発行を優先 |
| アメリカ原子力輸出の促進 連邦政府の資源を最大限活用し、世界中の商業用民間原子力プロジェクトにおいて米国原子力産業を促進 | •国務長官またはその代理者に、原子力法第123条に基づく合意のための外交的関与と交渉を主導し、米国原子力産業がパートナー国における新規市場へのアクセスを可能とする •90日以内に、連邦政府は次の戦略を策定 a)原子力エネルギーのプロジェクトと貿易を支援するためのファイナンスを強化 b)外国における原子力の導入を支援するための財政的・技術的支援。 •国務長官は、米国原子力企業のグローバル競争力を強化するため、協定の迅速化と米国輸出に係る障害を撤廃などのプログラムを実施 |
| 重要インフラと国家安全保障システムへの電力供給 重要防衛施設とAI用の計算インフラへの電力供給と施設の運用が必要と認識 | •軍事施設(特に、複雑なサプライチェーンのため他の電源で十分に供給できない地域にある施設)は、高度な原子炉が提供する独自の規模と発電能力により、中断なし、調整可能、高密度な電源を必要とする。準備態勢と国家安全保障にとって不可欠 •連邦政府の高度なAI用計算機インフラは、スケーラブルな電力ソリューションの大幅な増強を必要とする。これに対し、高度な原子炉は最適な供給源として位置付けられ、AIと原子力発電の両分野において新興技術における米国の技術的優位性を確保 •エネルギー省と国防省は先進的な原子力発電の活用を拡大すること。各省が施設での原子力発電利用を妨げる規制の煩雑さを削減すること。国家安全保障を強化し、軍事およびAI運用における外国のエネルギー源への依存を軽減 •世界の新規原子炉建設の87%は外国の設計であり、世界の原子力燃料の過半数は外国から輸入。国務省を含む関係機関に対し、輸出機会を積極的に追求すること。同盟国との関係を強化し、敵対国による産業支配の可能性を防止 |
| 課題 | 施策 |
| 原子力規制の近代化 ・安全上の懸念と経済および国家安全保障における原子力エネルギーの利点とのバランスを確保 ・規制および指針文書を包括的に改正するための規則制定を18 ヶ月以内に完了 | ・ライセンスの有効期間を制限する規制を見直し、必要に応じてその有効期間を延長 ・マイクロリアクターおよびモジュール型リアクターの、ライセンスの大量の取得手続きを確立し、申請の標準化も認める ・国防総省またはエネルギー省によって安全に試験された原子炉設計の承認を迅速化する手続きを確立すること ・国家環境政策法(NEPA)への準拠に関する規制を改定 ・科学的根拠に基づく放射線限度を採用し、不適切な放射線被曝モデル(線形モデル)に依存しない ・ライセンスの承認のための固定期限を設定し、新規原子炉の建設・運転には18ヶ月、既存原子炉の継続運転には12ヶ月の期限を定める |
| NRCの文化と人材の再編成 NRCに対し、議会の指示に従い原子力発電の迅速な促進と原子炉の安全確保を両立させるため、文化の改革と組織の再編成を実施 | •民間原子力発電のライセンス付与と規制において、NRCは安全、健康、環境要因に関する伝統的な懸念に加え、原子力発電が経済的・国家安全保障に与える利益を考慮する •ライセンス申請の迅速な処理と革新的な技術の採用を促進するため、NRCの組織再編 •NRCは、この命令で指示された新規規制の草案作成を担当する専門チームを設立 |
| 原子力規制委員会の改革 米国を原子力エネルギーのグローバルリーダーとして再確立し、数万人の高賃金の雇用を創出。米国主導の繁栄とレジリエンスを促進 | •1978年以来、新たな原子炉の建設・商業運転を開始したものはわずか2基。一方、トランプ大統領は、たった1日で2倍の執行命令に署名(4本の大統領令に署名) •過度にリスク回避的な文化により、例えば原子力施設が自然界に存在するレベルを下回る放射線量を放出するよう求めるなど、新たな原子炉の認可をせず •新たな原子炉技術の導入を促進し、現在の約100GWから2050年までに400GWへ原子力発電容量を拡大目標 •エネルギー自立、規制緩和、インフラ建設の障壁削減は、トランプ大統領の2期目の特徴な政策。NRCの改革はこれらの重要な政策分野における重要なマイルストーン |
| 米国のエネルギーの開放 原子力、化石燃料、新興技術を活用し、アメリカのエネルギー自立を確保し、経済成長を後押し | •就任初日、トランプ大統領は国家エネルギー緊急事態を宣言(大統領令番号: Executive Order 14156号、名称: 「Declaring a National Energy Emergency」) •雇用と経済的繁栄を創出、米国の貿易収支を改善、敵対的な外国勢力との競争力を強化、同盟国・パートナーとの関係を強化、国際平和と安全保障を支援 |
まとめ
1)従来の大型軽水炉の建設を大胆に推進するとともに、革新炉と呼ばれる小型モジュール炉やマイクロ炉を積極的に推進している、その理由は、原子力の応用範囲を広げ、エネルギー安全保障や国家安全保障、中ロに後れを取った世界市場への進出に不可欠と判断したことがあると考える。
2)アドバンス法の要請であったが、NRCのミッションが書き換えられ、「効率的」、「社会と環境の利益に資する」などの文言が入るようになった。今度の大統領令でそれが強化され、組織再編にまで至った。
3)米国は、これまで民生用の核燃料再処理は採用してこなかった。今回の大統領令では、それも視野に入れており、このことは政策の大転換と言え、日本の核燃料サイクル事業にも支援となると考える。参考文献4)によると、2025年5月23日に発表された一連の大統領令で、トランプ大統領はアメリカのエネルギー省に対して核廃棄物の国内リサイクルに関する提言を作成し、民間企業と協力する機会を探すよう指示した。2050年代までに核燃料の利用・廃棄サイクルを回すことが経済的に実現可能なレベルに達すると見込んでいる。
終わりに
前書きで触れたように米国が原子力再活性化を目指す2024年のADVANCE法成立時からの継続した動きでもあるが、今回の大統領令ではさらに詳細かつ具体的にわたる政策と行政命令を構築し関係機関に命令をだしており、米国の原子力を全世界のリーダーとして復活させる決意を示したものと言える。
我が国の原子力界も第7次エネ基が掲げた「原子力の最大限の利用」の実現、福1事故で停止した原子力発電所の再稼働や増設・新設に伴う規制のあり方、最終処分場立地の選定などの課題を抱えている。課題解決に向けて米国の大胆な政策・行政を学ぶべきであるし、また大胆に実施してほしいものである。政府や国会が強力に関与することが望ましいのではないか。(植田脩三 記)
参考文献
1)大統領令とファクトシートhttps://www.whitehouse.gov/?s=presidential+executive+order
2)Advanced Nuclear Reactors: Technology Overview and Current Issues
3)https://www.energy.gov/ne/articles/9-key-takeaways-president-trumps-executive-orders-nuclear-energy June 10, 2025
4)核廃棄物を資源として活用し使用済み燃料を転換する新たな技術の研究がアメリカで進んでいる 2025.7.11 • GIGAZINE