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SEJだより 第54号

原子力科学オリンピックの金メダルの意味

掲載日:2025.11.26

はじめに

  今後日本の原子力に係る人材を確保していくうえでどのような道筋があるのだろうか。日本国内では、人口減少により優秀な人材は獲得合戦の様相を示し、かつ若者の原子力離れが進行している。このような環境の中でいかにして原子力の人材を確保していくかは今後の日本にとって重要な課題であろう。この機会に、国内における各方面の原子力人材育成に関する取り組みの現状と今後の課題を振り返りたい。まずは今年(2025年)開催された原子力科学オリンピックにおいて日本人高校生4人がメダルを獲得した話を取り上げたい。

国際原子力科学オリンピック(INSO)

 そもそも国際原子力科学オリンピック(INSO)とは、国際原子力機関(IAEA)が企画して始めたアジア太平洋地域の20歳未満の学生を対象とした国際的国対抗の競技である。INSOの目的は、「原子力科学技術の平和利用に対する認識を高めること」であり、競技に参加する人たちは理論試験と実験試験を通じて高度な知識や技術を競い、原子力科学の可能性を深く考察するように工夫されている。

 第一回は昨年(2024)フィリピンで開催されこの段階では日本は参加していない。今年は第二回でありマレーシアで開催された。当然、高校生の段階では、各学生は殆ど原子力とか放射線に関する知見は有していない。そのような環境の中で参加する高校生は、国内の選抜を勝ち抜いている。では、どのようにして臨んだのであろうか。まず第一段階として高校生たちは、文部科学省の事業である「未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム(ANEC)」で提供されているe-learningによりINSOの試験課題となる7分野について勉強し、2025年4月に国内選抜会で選抜され、その後専門用語に関する英語の訓練などの集中的な訓練をうけてINSOの大会に臨んだ。その結果金メダルを獲得したのは東海高等学校3年の田中優之介さん、銀メダルが筑波大学附属駒場高等学校3年の田部主真さんと武蔵高等学校3年の堀航士朗さん、銅メダルが大阪府立北野高等学校2年の佐々木柚榎さんとなり全員メダルを獲得した。さらに田部さんは実験試験最高得点賞、佐々木さんは最優秀女性選手賞を獲得した。帰国報告会を聞く範囲では、各高校生はこれからの原子力を引っ張るに十分な資質を持っている。

原子力委員会の原子力人材育成の取り組み

 一言で言えば、原子力委員会などの原子力利用に関する人材育成は心もとない。原子力委員会設立当初は原子力委員会設置法に基づき、原子力委員会は「研究者及び技術者の養成に関すること」を進めていく役割を有していたが、2014年の原子力委員会設置法改定の時点でこの項目は削除された。現在は原子力白書などで人材確保の動向などについて重点事項を示しているもののそれ以上の活動になっていない。加えて外部有識者の意見を聞く機会も大幅に減じている現状である。翻って原子力規制人材の育成は原子力規制委員会により2014年に「原子力規制委員会職員の人材育成の基本方針」が定められその中で規制に必要な12分野が定められ、力量とその管理、キャリアパスなど体系的な教育訓練が進められている。規制分野の人材育成にも色々難しい側面もあり、進められるべきものではあるが、原子力を進める人材を育成しなければ何の役にもたたない。文部科学省など原子力関係機関の動きについて以下にまとめる。

原子力工学などを有した各大学と大学院専攻などの取り組み

 各大学における教育はどうなっているのか。ご存じのように、東京大学では1992年に学部の原子力工学という名前が消えた。それ以降その他の大学における原子力工学等の原子力関係学科の名称もほとんどなくなり、それに伴い2002年には学部入学人数がゼロになった。これは学生数の確保とより広い分野への展開のためであったが原子力関係学科は、やせ細ることとなり大学院の方にシフトしているように見える。原子力の分野を学ぶ大学院を含む学生の数は二分の一程度に減少した。その後東京都市大学などで原子力の名を冠した学部が新たに設置され日本全体で90年代の三分の一程度の約100名の学生が在籍している。

 大学の学部名減少の影響は、学生数の減少だけだはない、学生等が学ぶための設備に関する影響も大きなものがあった、東京大学などにあった原子炉は閉鎖され、現在残っているのは京都大学の熊取にある原子炉(KUR)(臨界集合体も残っている)と近畿大学の原子炉(UTR-KINKI)のみとなっており、2026年にはKURも閉鎖される。

原子力教育に関する大学連携の進展

 各大学の学部の縮小と1990年代の産学連携の機運の高まりにより大学間などの連携教育が始まった。この活動は、研究機関の研究施設を活用し研究者を大学の教員として迎え教育を行う大学院支援の試みである。JAEAと関係大学の間で「教育連携ネットワーク」の覚書が締結されJAEAと大学が相互補完して人材育成に取り組むこととなった。これにより連携大学院ネットが構築され複数大学の教育ネットとして進めることとなった。具体的には2005年に、東京工業大学、金沢大学、福井大学の間で「教育研究等に係る連携・協力推進協議会設置に関する覚書」が締結され進んでいくことになる。2007年には名称が「原子力教育大学連携ネットワーク(JNEN)」となり、個々の1機関1大学では十分なリソースが提供できない内容について共通講座として進められた。その後、茨城大学、岡山大学、大阪大学、名古屋大学が参加し8者間の協定が締結されより充実したプログラムが実施され17年間でのべ4000人超の学生が受講し単位を取得することとなった。

文部科学省と関係機関の取り組み
 原子力を含む教育を推進する立場であるはずの文部科学省、原子力を進めていくための人材を必要としている経済産業省、電力会社、民間企業などの取り組みはどうなっているであろうか。

 2010年から文部科学省、経産省は人材教育のための公募事業を開始した。中でも、「原子力人材育成ネットワーク」が設立され事業を推進している。活動は原産協会などが相互協力し人材育成のロードマップを作成し、初等中等教育の支援、人 材の国際化などに取り組んでいる。

 それ以外にも文部科学省は人材育成に対して補助金を拠出する事業を行っており、大きくは二つの流れとなっている。一つ目は、文部科学省の実施する国際原子力人材育成イニシアティブ事業が挙げられるであろう。この事業は2010年から始められているが、2020年に大幅に刷新されて「未来社会に向けた先進的原子力教育(ANEC)」として新たな網羅的活動となっている。ANECの活動は、「原子力に必要となるすべての科目を個別の教育機関が独自のリソースでもれなくカバーすることはもはや現実的でない」との視点から関係機関が産官学で人材育成機能を相互に共有・共用することにより人材育成を一層充実することを目指している。このため内容的には①体系的専門教育カリキュラムの共用②大型施設における実験実習の共用③国際機関・海外大学との連携と研鑽④産業界・他分野との連携などに取り組むとして10件の個別事業を関係する大学、JAEA,民間企業が分担して取り組むプログラムとなっている。
二つ目は、東京工業大学を中心とした、原子力教育基盤整備モデル事業としての国際原子力人材育成大学連合ネットワークによるものがある。この活動は、非原子力分野の学生を含む初等学生に原子力に興味を持ってもらい原子力関係に進む学生を増やす事を目的として活動である。東京工業大学を幹事校とした大学連合ネットワーク であり2010年に形成され、非原子力分野学生を含む初等学生を主対象として14大学でスタートして国内18大学、国外3大学、計21大学、協力原子力機関7機関まで拡大して活動している。この中で基礎オンラインセミナー、聴講学生は3000名超、国際的実践的教育活動、IAEAなどへの人材派遣各年10名程度、15年継続されている。

 経済産業省と民間企業は主として持てるリソースをこれまでに紹介した各事業から要請されればそれを受けて設備などを提供するという対応が多かったと思われるが今後必要とする人材の確保の観点からより積極的取り組みが期待される。


人材育成の今後の課題
 文部科学省が進めてきた原子力の人材育成は、これまで多分に原子力に関係する有志によるボランティア的活動で支えられている。これをいかにして継続性のある取り組みにしていくかは課題であろう。また、補助金の交付期間はこれまで主に2‐5年程度の短期間に設定され成果の達成状況によりその後の補助金が交付されるか否か判断される不安定な側面があった。これもより継続的な取り組みを可能にしていく工夫がいるものと思われる。原子力の教育を実際に行う人材は高齢化が進み、教鞭を取る人材不足になっていくので、これにも検討が必要である。より深刻なのは、教育に利用可能な設備の不足、特に大型の原子炉など実習に欠かせない設備をどのように確保維持していくかが課題である。この間は関係機関のリソースの共同利用により乗り越えてきているが設備そのものがなくなっていく状況の改善も重要である。

 もう一つの重要な側面として、これから原子力を学ぼうとする学生の立場に立った課題もある。学生自身の目標として原子力に取り組んでいきたいと思えるような目標を与えたり、意識づけは重要である。原子力オリンピックに取り組んだ学生をみていると相当な達成感を得たものと感じられる。さらに、これらの学生を引き付ける魅力的な就職先の確保が大変重要であり民間企業は率先して学生を引き付ける魅力的な職場を提供していかなければならない。

 原子力科学オリンピックの話題に戻れば、若い学生が魅力を感じる取り組みの一つとしてとらえて良いのではないか。金メダルを取った学生は自らの人生の重要なエポックとして生涯忘れないであろう。 (金盛正至記)

参考資料

[1] 読売新聞、2025年8月6日
[2] 日刊工業新聞社2025、原子力年鑑、「原子力年鑑」編集委員会編、2024/10/30
[3] 「変革時代の原子力人材」、一般社団法人日本原子力産業協会、原子力システム研究懇話会、2025年9月1日