1.はじめに
近年、生成AI(人工知能の一種)や機械学習が急速に発展している。特に、2024年のノーベル物理学賞が「ニューラルネットワークの理論的基礎」に、化学賞が「たんぱく質構造の予測と設計におけるAIの応用」に与えられたことで、この分野が世界的に注目を集めた。
AIはすでに文章や画像の生成だけでなく、科学・工学・医学などの研究開発にも広く応用されている。原子力の分野でも、原子炉設計や安全解析、材料開発などにおいて、AIを活用した新しい研究開発の方法が始まっている[1]。一方、AI利用の拡大に伴い電力の大量消費の懸念も指摘されている[2]。
本稿では、こうした生成AI/機械学習を使った研究開発の進め方を5つの型に分類し、それぞれの特徴と最近の原子力研究開発を中心とした事例について、分かりやすく説明するとともに、活用時の留意点も含めて整理する。
2.生成AI・機械学習を活用した研究開発の分類
生成AIや機械学習を研究開発に使う方法はさまざまだが、大きく分けると5つの考え方に整理できる。以下では、それぞれのねらいと、どのように原子力の研究開発に役立っているかを見ていく。
2.1 逆向き設計(逆設計)
「逆向き設計」とは、まず「欲しい結果(特性)」を決めてから、それを満たす構造や材料をAIに探させる方法である。普通の設計(順方向設計)では「材料の組成から性質を求める」が、逆向き設計ではこの流れを逆にし、「性質から組成を求める」[3]。
たとえば、融点が高く腐食しにくい溶融塩を作りたいとき、AIは過去のデータを学び、その条件に合う成分の組み合わせを自動で提示してくれる。こうした方法では、AIが人間の代わりに膨大な可能性を試し、短時間で最適な候補を導き出す。
原子力での例として、溶融塩炉や高速炉では、燃料や冷却材の組成を最適化することが重要である。AIによる逆向き設計を使うと、膨大な候補の中から最適な組成を自動的に選び出せるため、研究開発の効率が大きく向上している[3][4]。
2.2 物理法則を守る人工知能
人工知能の中には、単にデータをまねるだけでなく、自然界の法則(方程式)を学習の中に組み込むことで、観測が不完全でも安定して予測できるものがある。
たとえば気象では、雲や風の動きを支配する基本法則を取り入れることで、全球の高解像度予報を短時間で計算する取り組みが進んでいる[5]。地震学では、地震波の伝わり方を表す方程式を活用し、観測点が限られていても波の伝播や地下構造の推定を高精度で行う研究が報告されている[6]。海洋でも、流れや拡散の方程式を用いて、海流や波の挙動を短時間に再現しようとする研究開発が進んでいる[7]。
原子力の分野では、この考え方を応用して、原子炉内の冷却材の流れ方や温度分布など、実験で再現が難しい現象を短時間に推定する試みが行われている。たとえば、演算を担う学習モデルを改良して、さまざまな運転条件下においても、炉内中性子束の振る舞いをリアルタイムでの推定を可能にする研究や[8]、高温ガス炉における炉内温度分布を高精度で推定する研究が報告されている[9]。このような方法により、従来は数時間かかった解析が数分程度で可能となり、安全設計や制御最適化の研究開発に役立っている。
2.3 自動で実験を進める人工知能
AIとロボットを組み合わせると、研究者が操作しなくても、AIが「次にどんな実験をすべきか」を判断して自動で進めることができる。こうした仕組みは「自律型実験システム」と呼ばれ、まさに「研究開発の自動運転」である[10]。
たとえば、AIが「次はこの温度条件で試してみよう」と判断してロボットが材料を調合し、結果を測定する。そしてそのデータをAIが分析し、次の実験条件を決める。この繰り返しにより、最適な条件を人よりも速く見つけ出すことができる。
原子力での例として、日本原子力研究開発機構では、燃料材料中の原子の動きをAIが学習し、原子や分子の運動を模擬する計算を高速化する研究開発が進められている[11]。これにより、燃料被覆管の劣化や冷却材との反応などを、実験よりも早く予測できるようになっている。

【図1】燃料材料中の原子の動きをAIで予測
(出典:日本原子力研究開発機構「R&Dレビュー」2023年版 [11])
2.4 論文を読む人工知能
AIは文章を読むことも得意である。特に「自然言語処理」と呼ばれる技術を使えば、論文や報告書を自動で分類したり、キーワードの関係を整理したりできる。このようにAIが大量の文献を分析することを「文献マイニング」と呼ぶ[12]。
たとえば、AIに「原子力発電所の緊急時対応」に関する論文を読ませると、「どのような要因がチームの意思疎通に影響するか」などを自動で整理してくれる。研究開発者はその結果をもとに、人間の判断や安全文化の改善策を検討することができる。実際に、原子力発電所の緊急対応に関する文献をAIで分析し、チーム間のコミュニケーションに影響する要素を整理した研究開発も報告されている[13]。
2.5 高速な模擬計算を行う人工知能
原子炉の安全解析や粒子シミュレーションには膨大な計算が必要である。これを高速化するために使われるのが、例えば、素粒子のエネルギーなどの測定において、互いに競い合って学ぶ2つの人工知能を使う「敵対的生成法」や、測定値の確率的ばらつきを正確に再現しながら新しいデータを作る「確率変換法」と呼ばれる手法である[14][15]。
敵対的生成法では、2つのAIが「より本物らしいデータ」を競い合うように学び、現実に近いデータを短時間で作り出す。確率変換法では、素粒子の振る舞いにおけるエネルギーなどの測定値の確率的ばらつきを正確に保ちながら、短時間に膨大な試行を行うことができる。
原子力での例として、放射線の遮蔽や中性子の動きを再現する計算は非常に時間がかかるが、これらの生成的なAIを使うことで、近似データを高速に作り出せるようになっている[16]。これにより、安全審査や設備設計の模擬計算時間が大幅に短縮されている。また、物理法則を取り入れた人工知能を併用することにより、原子力プラント事故時における信頼性の高い解析結果が得られている[17]。
3.おわりに
本稿では、生成AIや機械学習を活用した研究開発を5つの型に分けて紹介した。すなわち、①欲しい特性から材料を生み出す「逆向き設計」、②物理法則を取り入れた「物理を守る人工知能」、③自動で研究開発を進める「自律型実験システム」、④文章を読んで知識を整理する「論文を読む人工知能」、⑤計算を高速化する「模擬計算の人工知能」である。
これらの技術は、原子炉の設計、安全評価、燃料開発、訓練や教育など多くの分野で応用が始まっている。原子力分野はデータが豊富であることから、生成AIや機械学習を活用した研究開発と馴染み易いので、今後も益々発展すると予想される。ただし、AIが生み出した結果をそのまま信じるのではなく、人間が常に検証し、安全性と信頼性を確認することが大切である。今後もAIと人が協力し、より安全で持続可能な原子力研究開発の発展をめざしていくことが求められている。
(杉本純 記)
参考文献
[1] Watson, J. L. et al., (2023). De novo design of protein structure and function with RFdiffusion. Nature, 620(7976), 1089–1100. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06415-8
[2] 三菱総合研究所、(2024)「生成 AI の普及が与える日本の電力需要への影響」
[3] Barra, J.; Chahal, R.; Banerjee, S.; Lupo Pasini, M.; Irle, S.; Lam, S. (2025). Inverse mapping of properties to composition through generative modeling for designing molten salts. npj Computational Materials, 11, 190. https://doi.org/10.1038/s41524-025-01638-x
[4] Gao, Y.; Chen, X.; Banerjee, S.; Irle, S. (2024). Machine learning-aided design of molten salt compositions for next-generation nuclear reactors. Annals of Nuclear Energy, 195, 110024. https://doi.org/10.1016/j.anucene.2024.110024
[5] Pathak, J. et al. (2022). FourCastNet: A global data-driven high-resolution weather model using adaptive Fourier neural operators. arXiv:2202.11214. https://arxiv.org/abs/2202.11214
[6] Rasht-Behesht, M.; Waheed, U.; Alkhalifah, T. (2022). Physics-informed neural networks for wave propagation and full-waveform inversion in 2D acoustic media. Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 127(5), e2021JB023120. https://doi.org/10.1029/2021JB023120
[7] de Wolff, T. et al. (2021). Towards optimally weighted physics-informed neural networks for ocean modeling. arXiv:2106.08747. https://arxiv.org/abs/2106.08747
[8] Kobayashi, K.; Alam, S. B. (2024). Deep neural operator–driven real-time inference to enable digital twin solutions for nuclear energy systems. Scientific Reports, 14, 2101. https://doi.org/10.1038/s41598-024-51984-x
[9] Shin, Y.; Kang, D. et al. (2024). Application of a physics-informed convolutional neural network to evaluate temperature distributions in advanced reactor systems. Nuclear Technology, 210(11), 1690–1709. https://doi.org/10.1080/00295639.2024.2443337
[10] Burger, B. et al. (2020). A mobile robotic chemist. Nature, 583(7815), 237–241. https://doi.org/10.1038/s41586-020-2442-2
[11] Japan Atomic Energy Agency (2023). Can Machine Learning Predict the Atomic Motion Inside Nuclear Fuel Materials? JAEA R&D Review (English Edition), 2023. https://rdreview.jaea.go.jp/review_en/2023/e2023_6_1.html
[12] Beltagy, I.; Lo, K.; Cohan, A. (2019). SciBERT: A Pretrained Language Model for Scientific Text. EMNLP-IJCNLP 2019, 3615–3620. https://aclanthology.org/D19-1371/
[13] Salim, S.; Yeom, S.-Y.; Ham, D.-H. (2024). Collecting and Organizing the Influencing Factors of Team Communication in NPP Emergencies Using a Literature Review Combined with Text Mining. Applied Sciences, 14(4), 1407. https://doi.org/10.3390/app14041407
[14] Paganini, M.; de Oliveira, L.; Nachman, B. (2018). CaloGAN: An Application to 3D Particle Showers in Multilayer Calorimeters. Physical Review Letters, 120(4), 042003. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.120.042003
[15] Krause, C.; Shih, D. (2023). Fast and accurate simulations of calorimeter showers with normalizing flows (CaloFlow). Physical Review D, 107(11), 113003. https://doi.org/10.1103/PhysRevD.107.113003
[16] Osborne, A.; Dorville, J.; Romano, P. (2023). Upsampling Monte Carlo neutron transport simulation tallies using a convolutional neural network. Energy and AI, 13, 100247. https://doi.org/10.1016/j.egyai.2023.100247
[17] Antonello, F.; Buongiorno, J.; Zio, E. (2023). Physics-informed neural networks for surrogate modeling of accidental scenarios in nuclear power plants. Nuclear Engineering and Technology, 55(9), 3409–3416. https://doi.org/10.1016/j.net.2023.06.027